1.実修実験
役行者の遺訓として、「身の苦によって心乱れざれば、証課自ずから至る」(『役行者本記』)という有名な言説があります。修験道は実修実験、あるいは修行得験の道とか言われるように、自ら修して、自らその験しを得るところに神髄があります。修するとは、役行者の教えを修するのであり、験しを得るとは、単に験力や神仏の加護を獲得することを目的とするばかりではなく、究極は自らの心の高まり(菩提心)を得ることに他なりません。自らの身体でもってそれぞれに体験し、その精神を高めていくというあり方は、ある種、万人に向いた親切な教えであると言えるとともに、実体感を喪失しつつある今日の現代社会に大きな問いかけを与えてくれています。
現代社会は無痛文明という、人間の肉体が精神をコントロールするという主客逆転の有り様を蔓延させつつあります。文明社会が成長するにつれ、自動車や種々の電化製品など我々の周りには、身体的苦痛を取り去る便利な道具が次々と開発され、心が肉体によって飼い慣らされる生活を知らず知らずの内に定着させています。しかし人間は本来、精神を主とし、肉体を従者としてあるわけで、ここを踏み外すと大きな過ちを犯してしまうに違いありません。肉体が楽をすることを優先させる文明社会へのアンチテーゼとして、「身の苦によって…」という役行者の教えを以てする実修実験の修験道は、今こそ、大きな役割を次代に担っているといえるでしょう。
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