3.お山が教えてくれたこと No.3
奉行さん方は、「みんなが満行して初めて『満行』」というのを、合言葉にしていらっしゃいました。1時間ほど歩くと必ず休憩があるし、一番遅い人に歩くペ-スを合わせ、お休みするときも「小休止」、「大休止」、「お弁当」を使い分けられます。登りでは後ろから押したり、下りでは楽に下りる方法を教えたり、いたれりつくせりのお世話をしてくださいました。
そして、もうひとつ、奉行さん方のかくれた合言葉は『我を出さない』じゃないかと思いました。奉行さん方は、たいへん仲がいいのですが、時々意見がぶつかります。「もうそろそろ、『お弁当』にしませんか」あるいは、「ここは、まむしがいそうだからもうちょっと進んでからにしよう」というふうに意見が分かれます。ところが、あと二言三言、話をしたら解決しているのです。私が横で聞いていても、どうして解決したのかわからないほど、早く、すんなりと決まり、あとには今迄と同じおだやかな空気が流れているのでした。全日程を通して、奉行さんが声高に話をされる場面には、一度も遭遇しませんでした。じまんばなしのしあいも、人を侮辱するようなとげのある言葉もなく、本当に品のいい素敵な行者さんでした。
4日目は朝から雨が降っていました。傘のない私は、帽子を傘がわりに用意していました。濡れるのは慣れているし平気でした。ところが、ほんの少ししか歩かないうちに、総奉行さんが、「君に傘の良さをわかってほしい」とご自分の傘を私にかけてくださいました。普通に「貸す」といわれれば、お断りするのですが、そんなふうに言われるとお断りできません。その優しさに、また感動しました。その傘は特別製で、胸のあたりまで、ちっとも濡れません。柿しぶが塗ってあって、風通しがよくとても軽いし、少々の落石を跳ね返すぐらいしっかりしていました。パラパラと雨のあたる良い音もします。ところが総奉行さんは眼鏡までびしょびしょに濡れておられました。
私は、「総奉行さんに悪いな~、悪いな~」と思って歩いていたのですが、せっかく貸していただいて、そう思って歩くのも悪いので、「総奉行さんは、きっとご神仏様に傘をきせてあげたんだ。そして、わたしのこの傘は、ご神仏様が貸してくださったんだ。」と考えなおし、「ありがたいな~、ありがたいな~」と思うことにしました。
そのうちに、私がいつも「悪いな~」と考えていたことに思いを巡らせました。しっかりと養生しても不健康な人もいるのに、不養生の私が人一倍健康であること、良い性格なのに誤解されてばっかりの人もいるのに、人に冷たく自分に甘い私がどこへいってもかわいがってもらえることなど、いつも「悪いな~」と思っていました。これも、ご神仏様のプレゼントかな?……そう考えるとありがたくて涙がでました。
大先達、先達、総奉行さん、奉行さん方、そのほか同行のすべての人々から、とても良くしていただきました。これらのご恩は、その方それぞれにお返しすることは決してできません。そのぶん、自分の周りにいる困っているひとにご恩をおかえしするべきなのでしょう。なかなかできませんが、お山でいただいた愛情を思い出しながら、やっていこうと思います。
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